第 2 章 トラブルの迅速な解決にかかる制度
現行制度の活用
原状回復の問題をはじめ、賃貸住宅をめぐるトラブルが発生した場合の解決は、当事者間の相対による交渉により図られることとなるが(実態的には、宅建業者、管理業者が間に立って行うことが多いと考えられる)、相対交渉によって解決しない場合、最終的には裁判により決着を図ることになる。しかし、費用や時間等の問題から、裁判にまで踏み切るものは必ずしも多くないのが実状である。
こうしたこともあり、最近では、裁判であっても比較的少ない費用と時間で判決を言い渡す簡易裁判所(裁判所法第33条により訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求を管轄する。)の少額訴訟手続の制度が施行されているほか、中立的な第三者が当事者間に介入して紛争の解決を図る裁判外紛争処理制度(ADR:Alternative Dispute Resolution)が注目されており、当面こうした制度を活用することにより、トラブルの円滑かつ迅速な解決が図られることが期待される。
(1) 少額訴訟手続
少額訴訟手続は、民事訴訟のうち、少額の金銭の支払をめぐるトラブルを少ない費用で迅速に解決することを目的とした制度であり、民事訴訟法の改正により、平成10年1月から施行されている。この制度は、60万円以下の金銭の支払を求める訴えについて、原則として1回の審理で紛争を解決する審理手続で、裁判所は、原告の主張(支払)を認める場合でも、分割払、支払猶予、遅延損害金免除の判決を言い渡すことができるものとされている。原状回復及び敷金返還にかかるトラブルにも対応できうる制度であり、今後もますますその活用が期待される(資料3)。
(2) 裁判外紛争処理制度
① 調停(相談・あっせん)
民事調停(司法調停)は、民事紛争につき、調停機関が斡旋・仲介し、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的として、民事調停法の定める手続により行われる紛争解決制度で、訴訟に比べて簡易な手続により迅速な解決が図られる等のメリットがある(資料4)。
また、司法調停ではないが、国民生活センター、消費生活センターなどの常設的な紛争調整機関においては、紛争当事者間の円満な話合い、解決のための調停ないし相談・あっせんが必要に応じて行われている。
② 仲裁
仲裁は、一定の法律関係に関する紛争の処理を、裁判所ではなく、私人である第三者(仲裁人)の判断に委ねる旨の合意に基づいて行われる紛争解決方法で、仲裁人の選定における公平性の確保などの問題もあり、その実績は調停に比べると多くないが、弁護士会、司法書士会、行政書士会などの仲裁センターでは、取り扱う事実について特別な制限を設けていない場合が多く、原状回復、敷金返還請求にかかる事案も持ち込まれている。
紛争の解決のため、どの制度を利用するかは申立人ないし当事者の判断によるが、相談・あっせんが初期の段階で利用され、それが奏功しない場合に、調停さらには訴訟、仲裁が用いられるのが一般的であり、原状回復にかかるトラブルの解決手順も同様であると考えられる。
行政機関への相談
賃貸住宅にかかる相談、苦情処理業務は、地方公共団体の相談窓口や消費生活センターなどの行政機関においても実施されている。原状回復といった賃貸住宅の管理の分野等の問題は、直接的な取締法規がなく、賃貸住宅の契約関係のような民事紛争においては、行政が当事者間の利害を勘案し、一定の判断を下してそれに従わせることはできないが、行政機関においては、トラブル防止に向けた啓発、紛争解決への助言・あっせん、紛争解決制度等の情報提供などを行っているところであり、行政機関への相談も一つのトラブル解決方策と考えられる。
Q&A
Q1 退去するときのトラブルを避けるには、契約時にどのような点に注意すればよいのでしょうか。
A 退去時はもちろん入居時にも賃貸人・賃借人双方が立ち会い、部屋の状況を確認しチェッ
クリストを作成しておくことが大切です。
退去するときの修繕費用等をめぐってのトラブルは、入居時にあった損耗・損傷であるか
そうでないのか、その発生の時期などの事実関係が判然としないことが大きな原因のひとつ
です。
そこで、入居時と退去時においては、契約内容を正確に理解することの他に、賃貸人・賃
借人双方が立ち会い、本書にあるようなチェックリストを活用するとともに、写真を撮るな
どして、物件の状況を確認しておくことは、トラブルを避けるために大変有効な方法です。
このような対応をしておけば、当該損耗・損傷が入居中に発生したものであるか否かが明
らかになり、損耗・損傷の発生時期をめぐるトラブルが少なくなることが期待できます。
Q2 建物を借りるときには、どんなことに気をつけたらよいでしょうか。
A 退去時の原状回復についてなど、賃貸借契約書の内容をよく読み契約事項をしっかりと確認しておくことが大切です。
賃貸借契約は、「契約自由の原則」によって、借地借家法 26 条以下並びに消費者契約法 8
条以下の強行規定(契約の内容を規制する規定)に反しない限り、当事者間で内容を自由に
決めることができます。
契約はあくまで当事者の合意により成立するものであり、合意して成立した契約の内容
は、原則として賃借人・賃貸人双方がお互いに守らなければなりません。
したがって、賃貸借の契約をするときには、その内容を十分に理解することが重要です。
契約書をよく読まなかったために、後になって原状回復の内容についてトラブルになる事例
は少なくありません。契約書は貸主側で作成するのが一般的ですが、貸主側は契約の内容を
理解してもらうことに努め、借主側は自分の希望を明確にした上で契約の内容を十分に理解
して契約を締結することが重要です。
なお、賃貸借契約は、諾成契約といって、賃貸人と賃借人が口頭で合意するだけで成立し
ます。つまり、契約書面がなくても賃貸借契約は成立します。しかし、実務では、契約で合
意したことを明らかにしておくため、詳細な契約書が作成されていますし、宅地建物取引業
者が媒介した場合には、宅地建物取引業者は契約条項を記載した書面を作成して当事者に交
付することが義務付けられていますから、通常は契約書が作成されます。
✻ 定期建物賃貸借の場合は必ず書面により契約をすることが必要です。
Q3 賃貸借契約(契約更新を含む)では、借主に不利な特約でもすべて有効なのでしょうか。
A 賃借人に不利な特約は、賃借人がその内容を理解し、契約内容とすることに合意していなければ有効とはいえないと解されています。
建物の賃貸借契約は、借地借家法の適用があるのが原則であり、借地借家法が定める事
項については、借地借家法の規定と異なる合意を規定しても、借主に不利な特約として無
効となるものもあります。
また、消費者契約法は信義誠実の原則に反し、消費者の利益を一方的に害するものは無
効と規定しています。しかし、このような強行規定に反しない限り、契約自由の原則によ
り、合意された契約内容は有効となり、賃借人に不利な特約がすべて無効になるわけでも
ありません。
もっとも、賃借人に不利な特約を契約内容とする場合には、賃借人がその内容を理解し、
それを契約内容とすることに合意しているといえるのでなければ成立しているとは言えま
せん。また成立しても、賃借人にとって不利な特約である場合にはそれが有効であるとは
限りません。
原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約は、近年の(最高裁の)判例も踏まえ、次の
ような用件を満たしておく必要があると解されます。
① 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて
認識していること
③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
Q4 退去時に、賃借人の負担する損害賠償額が契約書に定められています。このような規定は有効なのでしょうか。
A 賃貸人と賃借人の間で退去時の損害賠償額を予め決めて契約書に定めておくことは可能ですが、常に有効とは限りません。
契約の当事者は、損害賠償の額を予定し、契約で定めておくことができます(民法420
条)。これを損害賠償額の予定といいますが、賃借人が賃貸借契約に関して賃貸人に損害
を与えた場合に備えて規定するものです。ただし、民法90条並びに消費者契約法9条1号に
より無効となる場合もあります。
従って、賠償額を予定してそれを契約しても、実損額によっては予定賠償額どおりに請
求できない場合もあります。
Q5 契約書に「賃借人は原状回復をして明け渡しをしなければならない。」と書いてありますが、内装をすべて新しくする費用を負担しなければならないのでしょうか。
A 賃借人が通常の使用方法により使用していた状態で、借りていた部屋をそのまま賃貸人に
返せばよいとするのが一般的です。
賃貸借における原状回復とは、賃借人が入居時の状態に戻すということではありません。
判例・学説の多数は、賃借人の原状回復義務を、賃借人が賃借物を契約により定められ
た使用方法に従い、かつ、社会通念上通常の使用方法により使用していた状態であれば、
使用開始時の状態よりも悪くなっていたとしてもそのまま賃貸人に返還すればよいとして
います。
したがって、賃借人の故意や不注意、通常でない使用方法等により賃借物に汚損・破損
などの損害を生じさせた場合は、その損害を賠償することになりますが、汚損や損耗が経
年変化による自然的なものや通常使用によるものだけであれば、特約が有効である場合を
除き、賃借人がそのような費用を負担することにはなりません。
Q6 敷金とは、どのようなお金ですか。
A 敷金は、賃借人が賃料を滞納したり、賃借人が不注意等によって賃借物に対して損傷・破損を与えた場合等の損害を担保するために、賃借人から賃貸人に対して預け入れるものです。
賃料が滞納されたり、賃借人の不注意等によって損害を受けた場合に、賃借人がその損
害等を支払わないことがないように、担保として賃貸借契約に付随して賃貸人が賃借人か
ら預かるのが敷金です。このような性質を有する金銭は、名目の如何を問わず、-例えば
保証金という名目であっても-敷金です。
したがって、賃借物の明け渡しまでに、未払賃料や損害賠償金債務等、賃貸人に対する
賃借人の債務が生じていなければ、敷金は賃借人に対してその全額が返還されることにな
ります。賃借人の故意や不注意、通常でない使用方法等により賃借物に損傷・汚損等を生
じさせていてその損害を賃借人が賃貸人に対して支払っていない場合には、賃貸人はその
損害額を敷金から差し引いた残額を賃借人に返還することになります。
Q7 不注意で壁のクロスの一部にクロスの張替えが必要なほどのキズをつけてしまいました。
部屋全部のクロス張替費用を負担しなければならないのでしょうか。
A 不注意でキズをつけてしまったものは修理をしなければなりませんが、各部位ごとの経過年数を考慮したうえ、最低限可能な施工単位(毀損させた箇所を含む一面分の張替えまではやむをえない場合がある)で修理するのが妥当と考えられます。
不注意により、壁クロスに張替えが必要なほどのキズをつけてしまったのですから、そ の損害について賃借人に賠償責任が生じることになりますが、このとき、どのような範囲 でクロスの張替え義務があるかが問題となります。 本ガイドラインでは、その範囲について、㎡単位が望ましいとしつつ、あわせて、やむ をえない場合は毀損箇所を含む一面分の張替え費用を、毀損等を発生させた賃借人の負担 とすることが妥当と考えられるとしています。 これは、賃貸人が原状回復以上の利益を得ることなく、他方で賃借人が建物価値の減少 を復旧する場合にバランスがとれるように検討されたものです。
Q8 賃貸借契約書に特に約定されていないのですが、退去にあたり、大家さんから、襖や障子、畳表を張替えるようにいわれています。襖や障子、畳表は退去時に必ず賃借人が張替えなければいけないのでしょうか。
A 襖や障子、畳表の損耗が経年変化や通常使用によるものだけであれば、賃借人の負担で張替える必要はないと考えられます。しかし、賃借人が毀損した場合には、賃借人の負担で張替えることになります。
襖や障子、畳表を賃借人が毀損した場合には、賃借人の負担で毀損した枚数を張替える
ことになります。しかし、襖や障子、畳表の損耗が経年変化や通常使用によるものだけで
あれば、賃借人の負担で張替える必要はありません(賃貸借契約期間が長期に及び、その
間に一度も賃貸人によって襖や障子の交換、畳表の張替えが行われていない場合には、通
常使用でも相当の損耗が発生するので、賃借人の負担で張替えなければならない毀損なの
かどうかは、大家さんとの間で協議してみてはいかがでしょうか)。
なお、賃貸借契約書に特約がある場合は、Q3 やQ5 を参考にしてください。
Q9 賃借人は、敷金の返還をいつでも請求することができるのですか。
A 敷金の返還請求は、契約で特に別の時期を定めていない場合には、建物の明け渡しを行った後でなければできないとされています。
敷金は、賃貸借契約終了後明け渡しまでの損害金まで担保するものであるため、賃借人 の敷金返還請求権は、賃貸借契約の終了時に発生するのではありません。賃貸借契約に特 に時期についての定めがない限り、建物を明け渡してはじめて賃借人は敷金返還を賃貸人 に対して請求することができます(最高裁判所判決昭 49・9・2)
Q10 賃借人の善管注意義務とはどういうことですか。
A 賃借人は、賃借人として社会通念上要求される程度の注意を払って賃借物を使用する義務が課されており、これを賃借人の善管注意義務といいます。
賃借人は、賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っています(民
法400条)。建物の賃借の場合には、建物の賃借人として社会通念上要求される程度の注意
を払って賃借物を使用しなければならず、日頃の通常の清掃や退去時の清掃を行うことに
気をつける必要があります。
賃借人が不注意等によって賃借物に対して通常の使用をした場合よりも大きな損耗・損
傷等を生じさせた場合は、賃借人は善管注意義務に違反して損害を発生させたことになり
ます。例えば、通常の掃除を怠ったことによって、特別の清掃をしなければ除去できない
カビ等の汚損を生じさせた場合も、賃借人は善管注意義務に違反して損害を発生させたこ
とになると考えられます。また、飲み物をこぼしたままにする、あるいは結露を放置する
などにより物件にシミ等を発生させた場合も、賃借人は善管注意義務に違反して損害を発
生させたことになると考えられます。
なお、物件や設備が壊れたりして修繕が必要となった場合は、賃貸人に修繕する義務が
ありますが、賃借人はそのような場合には、賃貸人に通知する必要があるとされており、
通知を怠って物件等に被害が生じた場合(例えば水道からの水漏れを賃貸人に知らせなか
ったため、階下の部屋にまで水漏れが拡大したような場合)には、損害賠償を求められる
可能性もあるため、そのことにも注意が必要です。
契約時に交付すると思われる「入居のしおり」等には、賃借人の適正な住まい方に関す
るわかりやすい解説等が掲載されていますので、是非ご確認ください。
Q11 アパートの大家さんが変わりました。敷金は新しい大家さんから返してもらえるのでしょう
か。
A そのアパートを新しい大家さんが前の大家さんから購入していた場合は、敷金は新しい大家さんから返してもらいます。そのアパートの抵当権が実行され、新しい大家さんが競売によってそのアパートを競落した場合には、あなたが賃貸借契約を締結してアパートの引渡を受けた時よりも前に登記された抵当権の競売の場合には前の大家さんから敷金を返してもらい、あなたが賃貸借契約を締結してアパートの引渡を受けてから登記された抵当権の競売の場合には新しい大家さんから敷金を返してもらいます。
賃貸人が賃借建物を第三者に売却して当該第三者が新賃貸人になる場合には、敷金返還
義務は当然に新たな賃貸人に継承されます(最高裁判所判決昭44・7・17)。
他方、既に抵当権設定登記がなされた建物について、平成16年4月1日以降に賃貸借契約
を締結して引渡を受けていた場合で、抵当権の実行によって競落人が新たに当該建物の所
有者になった場合には、競落人である新たな所有者は賃貸借契約を承継する義務はないの
で、競落人は敷金返還義務を負いません。したがって、この場合には、賃借人は、従来の
賃貸人である元の建物所有者に対して敷金の返還を求めることになります。これに対し、
賃貸借契約を締結して引渡しを受けた後に設定登記がなされた抵当権の実行によって競落
人が新たに当該建物の所有者になった場合には、競落人である新たな所有者は賃貸借契約
を承継するので、新たな賃貸人である新所有者に対して敷金の返還を求めることになりま
す。
Q12 明け渡し後の修繕費用の負担金額について、大家さんと話合いがつかず、敷金の返還がなされていません。少額訴訟制度が使えると聞きましたが、どのような制度でしょうか。
A 民事訴訟のうち、60万円以下の金銭の支払を求める訴えについて、原則として1回の審理で紛争の解決を図る手続きです。
紛争が当事者間の話合いによって解決しない場合には、最終的には裁判によって決着を
図ることになります。このような場合に、60万円以下の金銭の支払を求める訴えであれば、
少額訴訟制度を利用することができます。
少額訴訟制度は、相手方の住所を管轄する簡易裁判所に訴えを提起するものです。原則
として1回の審理で判決が言い渡され、少ない費用(申立手数料は訴額60万円の場合で6000
円)と短い時間で解決を図ることができます。なお、即時解決を目指す制度であるため、書類や証人は、審理の日にその場ですぐに調
べることができるものに限られます。
Q13 原状回復費用の請求書が送られてきましたが、クロスの張替費用の単価が以前に退去した賃貸住宅に比べて高く、納得できませんが、通常の単価にしてもらえるよう、請求できますか。
A 原状回復に要する費用は、原状回復のため使用する資材や施工方法などにより異なるため、物件ごとに異なるものとなります。
原状回復に要する費用は、使用されている資材のグレードや施工方法などにより物件ご
とに異なるものとなります。
また、単価として表示されている費用には、資材の材料費だけでなく、修繕等の工事の
ための施工費用(労賃など)が含まれていることが多いと思われます。
なお、賃借人が負担すべき原状回復費用は、経過年数および通常損耗を考慮した状態に
することが前提であり、高級品のクロスの使用などグレードアップの費用を負担する必要
はありません。
疑問がある点には、賃貸人や管理会社に、費用の内容の内訳などについて確認してみる
ことも考えられます。(なお、本ガイドラインの151ページに記しているように、資材価格
等が掲載されている資料により調べることができますが、あくまで平均的な単価であるこ
とに留意が必要です。)
Q14 退去時の立会いを求められ、損傷などがあるということで確認サインをしました。その後、原状回復費用の請求書が送られてきましたが、思っていた以上に高額で驚き、いろいろ調べたところ、ガイドラインによると、私が故意・過失などで損傷したものでない部分については費用負担をする必要がないことを知りましたが、一旦サインしてしまった以上、やはり負担しないといけないのでしょうか。
A 損傷があり、その分の負担をすることを了承した場合は、基本的にはその確認内容に基づき、原状回復費用の負担額が決定されますが、賃借人の故意・過失等によるものでない損傷については、その分についてまで負担する必要はありません。
確認された内容にもよりますが、単に損傷があることの確認であれば、原状回復費用負
担について了承したものではないと考えられますので、ガイドライン(特約があれば特約)
に基づき、賃借人が負担すべきものか、調整することとなると考えられます。
また、損傷があり、その分の負担をすることを了承した場合は、基本的にはその確認内
容に基づき、原状回復費用の負担額が決定されます。ただし、賃貸契約書において原状回
復に関する特約がない場合は、賃借人の故意・過失等によるものでない損傷については、
そもそも賃借人の負担する必要のないものであり、仮にその分も含め確認サインをしてい
たとしても、その分についてまで負担する原因・理由はないため、その旨を主張すること
ができます。
いずれにせよ、退去時の立会いによる確認は賃貸人、賃借人双方にとって、原状回復費
用負担を決める上で重要なものですから、疑問がある場合は、質問するなど、十分慎重に
行うことが必要です。なお、特約については必ずしも有効であるとは限りません。
Q15 原状回復工事を賃借人自ら行う、あるいは賃借人が指定した業者に行わせることはできますか。
A 賃貸人において原状回復工事を行い、敷金で精算する金銭賠償の方式が一般的です。
原状回復について、賃貸借契約書において賃貸人あるいは賃貸人が指定した業者が行う と規定されている場合は、それに従うことになり、(例外的に賃貸人が承諾しない限り)賃 借人自らあるいは賃借人が発注した業者に行わせることはできませんが、単に、賃借人は 原状回復を行う旨だけが規定されている場合は、賃借人自ら行う、あるいは賃借人が指定 した業者に行わせることも可能と考えられます。 ただし、その場合、契約期間終了期日など返還予定期日までに原状回復工事を済ませて 賃借物件を返還する必要があり、返還予定期日を過ぎると、賃料あるいは遅延損害金が発 生する可能性があります。また、基本的に賃借している物件と同等の材質、仕上がり等に 応じて修繕等を行い返還しないと、賃貸人から原状回復工事のやり直しなどを請求される 可能性もあります(なお、同等の材料、施工方法により修繕等を行い、通常損耗による建 物価値の減少分を上回る状態までにした場合は、賃貸人に利益が生じることとなりますが、 その利益分を賃借人に返還してもらうには、賃借人が賃貸人に対し有益費として別途請求 をすることが必要となります)。 このような点を踏まえ、賃貸人において原状回復工事を行い、敷金で精算する金銭賠償 の方式が一般的であると思われますが、賃借人自ら行う、あるいは賃借人が指定した業者 に行わせる場合は、上記のような点も念頭において、賃貸人と十分な相談をした上で行う ことが必要と考えられます。
Q16 賃貸借契約にクリーニング特約が付いていたために、契約が終了して退去する際に一定の金額を敷金から差し引かれました。このような特約は有効ですか。
A クリーニング特約については①賃借人が負担すべき内容・範囲が示されているか、②本来賃借人負担とならない通常損耗分についても負担させるという趣旨及び負担することになる通常損耗の具体的範囲が明記されているか或いは口頭で説明されているか、③費用として妥当か等の点から有効・無効が判断されます。
クリーニングに関する特約についてもいろいろなケースがあり、修繕・交換等と含めて
クリーニングに関する費用負担を義務付けるケースもあれば、クリーニングの費用に限定
して借主負担であることを定めているケースがあります。
後者についても具体的な金額を記載しているものもあれば、そうでないものもあります。
クリーニング特約の有効性を認めたものとしては、契約の締結にあたって特約の内容が
説明されていたこと等を踏まえ「契約終了時に、本件貸室の汚損の有無及び程度を問わす
専門業者による清掃を実施し、その費用として2万5000円(消費税別)を負担する旨の特約
が明確に合意されている」と判断されたもの(東京地方裁判所判決平成21年9月18日)があ
り、本件については借主にとっては退去時に通常の清掃を免れる面もあることやその金額
も月額賃料の半額以下であること、専門業者による清掃費用として相応な範囲のものであ
ることを理由に消費者契約法10条にも違反しないと判断しました。他方、(畳の表替え等や)
「ルームクリーニングに要する費用は賃借人が負担する」旨の特約は、一般的な原状回復
義務について定めたものであり、通常損耗等についてまで賃借人に原状回復義務を認める
特約を定めたものとは言えないと判断したもの(東京地方裁判所判決平成21年1月16日)も
あり、クリーニング特約が有効とされない場合もあることに留意が必要です。
Q17 物件を明け渡した後、賃貸人から原状回復費用の明細が送られてきませんが、明細を請求することはできますか。
A 賃貸人には、敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があり、賃借人は賃貸人に対して、明細を請求して説明を求めることができます。
賃貸人は賃借物の明け渡しまでに生じた未払賃料や損害賠償債務などを差し引いた敷金
の残額については、明け渡し後に賃借人に返還しなくてはなりません。賃貸人が、敷金か
ら原状回復費用を差し引く場合、その具体的根拠を明らかにする必要があり、賃借人は原
状回復費用の内容・内訳の明細を請求し、説明を求めることができます。